
大連雪平提琴工場
総経理 胡 亮(こ りょう)
大連雪平提琴工場 総経理。中国・北京生まれ。父・胡雪平氏は中国民族楽器の職人であり、提琴(バイオリン)製作の大家。母は中央音楽学院を卒業後、武蔵野音楽大学に留学し、東京のオーケストラで演奏活動を行ったプロのバイオリニスト。芸術的な家庭環境で育ち、幼少期から楽器とものづくりに親しむ。母とともに日本へ移住し、日本の永住権を取得。大学卒業後、5年目よりバイオリン製作の道へ進む。6年前に、父の工房を北京から大連に移転。現在は中国最大規模の純手工バイオリン工場を率い、長年の経験を持つ職人たちと共に、伝統技術と高品質な素材による楽器づくりを世界に向けて発信している。
この工場では、どのような楽器を製造されていますか?
主にバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスなどの弦楽器を製作しています。すべて手作業で、一つひとつ丁寧に仕上げています。音色の美しさと演奏のしやすさを両立させるために、素材の選定から仕上げまで細部にこだわっています。また、プロの演奏家向けだけでなく、学習者や初心者向けのモデルも幅広く取り揃えています。
工場で製作されたバイオリンは、どのような国へ輸出されていますか?
主にアメリカ、ドイツ、イギリス、オーストラリア、日本、韓国などへ輸出しています。どの国でも品質に対して高い評価をいただいており、演奏家の方々からも「音が美しく、弾きやすい」と好評です。今後はさらに多くの国や地域に私たちの楽器を届けていきたいと思っています。
この工場はどのような経緯で大連に移転されたのでしょうか?
元々は北京にあった父のバイオリン工場を、6年前に大連に移しました。自分自身が海が好きだったこと、そして海外へ輸出する際に港があることで物流面でも有利になると考えたためです。大連は自然も美しく、バイオリン作りにとって非常に良い環境です。

工場の特色や、他との違いについて教えてください。
当工場は中国最大の手工バイオリン工場であり、職人のほとんどが20年以上の経験を持つベテランです。製作工程はすべて手作業で行っており、接着や塗装もひとつひとつ丁寧に行っています。さらに、塗料は人体に有害な化学物質を含まないよう、独自で調合しています。これは、演奏時にバイオリンが顔に近く、吸い込むリスクがあるためです。
使用されている木材にはどんなこだわりがありますか?
音の響きを左右する木材の質には特にこだわっています。現在使用しているのは、数百年前の気候が良好だった時代のフランス産の松(表板)やカエデ(側板・裏板)です。木目が真っすぐであるほど良い音が出ますが、これは天候にも左右されるため、木材の選定は非常に重要です。さらに、100年以上の年輪を持つ木を伐採後、20年以上寝かせてから使用しています。

1本のバイオリンが完成するまでに、どれくらいの時間がかかりますか?
だいたい1本を仕上げるのに1ヶ月ほどかかります。ただし、職人たちは並行して複数のバイオリンを同時に作業しているので、1ヶ月に1本というわけではありません。塗装や乾燥の工程など、時間を置く必要がある作業も多いので、その間に別の作業を進めています。効率を保ちながらも、どの工程も手を抜かず丁寧に仕上げることを大切にしています。
工場見学や体験プログラムについてもお聞かせください。
当工場では、バイオリン制作体験のプログラムも用意しています。最大で10名まで一度に体験でき、子どもでも簡単に組み立てられる内容になっています。有料体験では塗装前の木材から、世界にひとつだけのオリジナルバイオリンを作ることが可能です。完成品の中に、自分へのメッセージや記念日を刻むこともできます。
バイオリンの重要なパーツには、どのようなものがありますか?
すべてのパーツが音に関係しているため、どれも大切ですが、特に重要なのは駒(こま)と魂柱(こんちゅう)です。駒は弦の振動を表板に伝える役割があり、音色に直結します。バイオリンごとに木の質や形を微調整して合わせていく必要があるため、非常に繊細な作業です。既製の駒をそのまま使うことはなく、一本一本に合わせて削り出します。
魂柱はバイオリン内部に立っている小さな柱で、表板と裏板を支えながら音の響きを調整します。この位置がわずかにズレるだけでも音のバランスが崩れることがあり、職人の経験と耳によって慎重に調整されます。見た目には目立たない部分ですが、バイオリンの“音の心臓部”とも言える、とても大切なパーツです。ぜひ工場で実際に見てみてください。
日本との関係や今後の展望について教えてください。
私自身、日本で学び、演奏し、現在も永住権を持っていますので、日本とは深い縁があります。今後はより多くの日本の音楽家や学生の方々に、当工場のバイオリンを知っていただき、使っていただけるよう努力していきたいと考えています。また、日本からの工場見学や体験参加も大歓迎です。
【取材レポ】
私たちも実際に組み立て体験をしました!パーツから組み立てて弦を張り、音を鳴らすという体験を通して、自分とは無縁だと感じていたバイオリンという楽器が一気に身近に感じられて感動しました。さらにこの工場で制作されたバイオリンを使用している音楽会にも出席させていただき、ものづくりと音楽の魅力を体感した取材日でした。