
舞踊家 梅川壱ノ介氏
大分県日田市生まれ。2005年に東京バレエ団に入団し、海外公演を経験する中で日本文化への関心を深め、2006年に退団。2007年より国立劇場で歌舞伎俳優の研修を受け、研修時代に人間国宝・坂東玉三郎氏と出会う。玉三郎氏の芸に感銘を受け、その後の活動に大きな影響を受ける。2010年に中村獅童一門に入り、中村獅二郎として初舞台を踏む。2016年、歌舞伎俳優から日本舞踊家へ転身。古典や現代アートの融合、ファッションやテクノロジーとのコラボレーション、神社仏閣・美術館での公演など、日本舞踊の新たな可能性を追求し続けている。舞踊の枠を超え、映画、モデル、ラジオパーソナリティー、海外文化交流など多方面で活躍している。

「舞踊家」への道
Q. 舞踊家としての道を歩んだきっかけは?
子どもの頃から舞台に興味がありました。最初に夢中になったのはミュージカルです。中学生のときに舞台を見て、「自分もあの世界に入りたい!」と強く思いました。
その後、バレエを学び、海外公演にも参加しました。でも、海外に行けば行くほど「自分は日本のことを知らない」と感じるようになったんです。そこで、より日本の芸能に近づこうと、歌舞伎の世界へ入りました。
さらに、大きな転機となったのが、坂東玉三郎先生との出会いです。先生の日本舞踊を見たとき、「こんなにも美しい世界があるのか」と衝撃を受けました。それがきっかけで、日本舞踊の道を歩むことを決意しました。
日本舞踊の魅力と伝え方
Q. 日本舞踊を見る際のポイントは?
日本舞踊の魅力は、その時代の時間の流れを身に纏うこと。足のさばき方、手の使い方、日本が大事にしてきた「侘び寂」や、控えめだけれど的確な美しさを感じてもらえたら嬉しいです。
今回披露した作品の一つ、『朧月夜』は、日本の原風景を感じられる曲です。踊るときは、菜の花畑が広がる風景、田んぼの水面に映る月、遠くのお寺の鐘の音——そんな情景を思い浮かべながら表現しています。
文化=生活なので、昔の人の生き方が生み出した踊りを、ありのままに受け取ってもらえたらと思います。
Q. 日本舞踊を若い世代に伝えるのは難しいですか?
確かに難しい部分もあります。日本舞踊というと「敷居が高い」「伝統芸能は難しそう」というイメージを持たれがちですよね。でも、私は「どんなものでも本質を突き詰めれば面白い」と思っています。
たとえば、大連日本人学校で公演したとき、小学生たちは最初、少し緊張していたんです。でも、踊りの中にある物語やリズムを感じてもらうことで、次第に目を輝かせてくれました。「こんなに面白いなんて知らなかった!」という声を聞くと、やはり伝え方次第だと実感します。
私自身も子供のころは日本舞踊の面白さに気づかなかった。けれども今は、この踊りに人生をかけている。それほど魅力があるものなのだと、若い世代の方にも伝えたいです。
挑戦と成長の軌跡
Q. 挫折や、それを乗り越えた経験はありますか?
歌舞伎の修行時代は大変でした。毎月演目が変わり、公演は25日間休みなし。夜11時まで舞台が続くこともありました。でも、その経験すべてが今につながっていると思うんです。だから今は、何も辛くないし、怖くないです。
Q. 挑戦し続けるために心がけていることは?
とにかくいろいろなものに触れること。旅行も大好きで、訪れた土地の人や文化を知ることが、新しい発見につながります。そこから審美眼が磨かれ、舞踊の表現にも活かされています。
Q. 好きなことを仕事にする勇気が持てない人へメッセージをお願いします。
「好き」という感情に正直に生きた結果、今の自分があります。やりたいことを思いっきりやってほしいし、ダメなら次に進めばいい。失敗を恐れず挑戦してほしいですね。
Q. 好きなことを見つけるコツは?
ちょっとでも「ワクワクするな」「楽しいな」と思う自分に気づくことが大事。他人の評価ではなく、自分の感覚を大切にしてみると、好きなことが見つかりやすくなると思います。
SNS時代の文化伝達
Q. インターネットの発達による影響は?
インターネットで人と人が直接会う機会が減る側面もありますが、写真や動画で文化を残せるという利点もあります。たとえば、海外の方にとっては日本舞踊はなかなか実際に見る機会がありません。でも、SNSで動画を発信することで、「こんなに美しい踊りがあるんだ」と知ってもらえるのは素晴らしいことです。
私はどちらも大切だと思っています。人間は動物ですから、触れ合うことが何よりも大切。オンラインのツールを活用しながら、直接会って文化を伝える活動を続けたいです。
Q. SNS時代でも海外を飛び回る理由は?
人間の面白さは、実際に会わないと分からないんです。画面越しでは伝わらないものがある。実際に会って、想像を超えたことが起きるのが面白いので、できるだけ多くの人に会いに行くようにしています。
Q.活動で大切にしていることは?
「人との出会いを大切にすること」です。日本舞踊は、言葉がなくても伝わる芸術です。だからこそ、どんな国や文化の人ともつながれる。その素晴らしさを実感しています。
日本舞踊の可能性と未来
Q. 絵本『桃太郎』とのコラボレーションについて教えてください。
日本舞踊を知らない人に魅力を伝えたいという思いから企画しました。子どもが楽しめる舞台にしたくて、音楽を楽しくし、照明も華やかにし、落語家さんの語りを入れてミュージカルのような形にしました。伝統芸能と現代の要素を融合させることで、日本舞踊の新たな可能性を広げたい と思っています。
Q. 今後の目標は?
日本舞踊の可能性をさらに広げ、より多くの人に伝えていきたいです。私は、この踊りがどれだけ人を幸せにできるかを楽しみにしています。日本舞踊を通じて、人と人が出会い、想像を超えた体験を生み出せたら、それが一番の幸せです。
